these foolish things

Prejudice and Fiction

所詮、人間

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 テスト前なので部屋を片付ける、この順接関係に違和感を覚えなくなって久しい。 この冒頭で書き始めるのも久しい。久々のブログ更新である。

 

タイトルはDaftPunkのHumanAfterAllを聴いていたからです。

 

 

 

とにかく早く綴りたいことがある。

早く言いたいのはRGだけじゃないのである。

早く綴りたいが、肩の力を抜いて、ここで一句。

 

 

 めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
    雲がくれにし 夜半(よは)の月かな

 

意訳

      痒くね?

 

 現代語訳

巡り逢ひて(これちょっと引っかかるなあ)
見しやそれとも(え こういうことちゃうん)
わかぬ間に(いやちゃいますやん)
雲隠れにし(じゃあわかんね)
夜半の月かな(夜半の月やな)

 

 

 

だいたいこんな感じです。

この一句、非常に趣深くないですか。

おまえ今の今まで秒単位で既読つけてたのになんやねん、10時34分と10時35分の間に何があってんもう23時52分やぞなんで既読つかへんねんもうひとりで明日ユニバ行くわ!!!くらいの痒さが伝わってきます。中世貴族も現代のLINE貴族と同じような痒さを経験していたと思うと感極まってしまいますね。ユニバひとりで行くのは可哀想すぎやろ。

 

 

 

もうちょっとあなたのことを識りたいのにめっちゃ夜半の月やん。

もうちょっと納得できる言葉あるはずやのにめっちゃ夜半の月やん。

もうちょっと押したいけど引かせるとかめっちゃ夜半の月やん。

 

 

このように生活の至る所に「夜半の月」はあるように思えます。いつも自分の中で納得いく形にまで落とし込めない、サムシングモヤモヤが。

 

 

 

 

そんなモヤモヤが、今現在、私には1つあります。その1つが、私の早く綴りたいことです。綴ることで何か納得できたらな、と思います。

 

 

では、今から綴るよ〜

 

 

 

 

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  1. コンプレックスの作用 

 結論から記すと、コンプレックスは人をダメにするね、っていうだけの話。

 夏休みくらいからコンプレックスの作用についてひとりで考えていました。そこで出た結論としては、コンプレックスがプラスに働く人というのは本当に限られているんじゃないか、ということ。例えばクリエイター気質の人。劣ることや欠けていることに対して自身が敏感だから、それだけの痛みが反映された繊細な表現ができる。だからプラス。

 

けれど自分に興味があったのは、そういうコンプレックスのプラス側面じゃなくてマイナス側面であって…。

 

 わかりやすい例を挙げると、自分の考えには学歴ロンダリングが当てはまる。

 ネームバリューある大学に入れなかったからネームバリューある大学院に進もう、っていう考え方そのものは上昇志向云々で一見すると美しいかもしれないけど、裏目的には'見返してやろう'とか'自分をより大きく見せてやろう'っていう意識があるはずじゃろう。仮に肩書き上のコンプレックスがクリアできたとしても、クリアするまでに考えて感じていた脳みその部分はデリートできないし、仮に優れた肩書きを得たとしても、やっぱりなんだか実が無いし、なにより当の本人が一番その違和感を分かっているはず。得た先の心の満足が長続きしない。

 

 コンプレックスをガソリンに、コンプレックスの肩書きを吹き飛ばす。貧しい。

 コンプレックスなんて生きてる限り誰にだってあるし、ほとんどのコンプレックスなんて無くせないけど、それをエンジンにして生きると芯から捻くれた人になってしまう気がします。どうコンプレックスを無視するかとか、どうコンプレックスをそのまま受け容れるかとか、そういう考え方の方が美しくないですか。置かれた場所で咲きなさい、と最近亡くなったシスターも説き続けていたくらいですから。

 

 

 負けず嫌い、という言葉がありますが、自分はこの言葉に違和感を覚えます。そもそも勝負した時点で負けだと思うからです。自分の勝負のスタート地点をどこに置くかは人に依りますが。人に負けるとそりゃ誰だって悔しいけれど、誰だって悔しい思いはしたくない。なら勝負をするべきではない。孫子だって負けるくらいなら逃げろと言ってます。

 

 だから、自分の土俵は自分で構えた方が心身ともに健全なんだなあ、と自戒の念も込めて綴っておこうと思いました。

 

 

 あと、「自慢」について付随的に一言。

 思うに自慢というのはコンプレックスと表裏一体なもので、自分が隠したいコンプレックスは自慢の内容を辿ることでモロバレしてしまいます。無修正です。

 

 何をガソリンに動くか、と考えた際に、「好きだから」「したいから」「楽しいから」「隣の人といたいから」etc...とジブリのヒロインばりに高純度なガソリンで動けることがいかに尊いことなのか身に染みて感じています。「金銭的欲求」「承認欲求」は賤しいように思えますが、それは仕方のないことと目を瞑っておきます。お金がなければ生きられないし、周りに人がいなければ寂しい。

 一方で、エンジンを動かすに当たって、人と比べてどうかという指標のガソリンが最も燃費が悪いと思います。いつまで経っても原付です。カブはすごいけど。

 

 地に足つけて、栄枯盛衰を受け止めて、もう少しちゃんとした考え方ができればな、とせちに願うテスト前でした。伊藤園は偉い...。

 

 

 

 

finish

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