these foolish things

Prejudice and Fiction

DIFFUSE

 

歩いていてふと振り返ってしまうのは

可愛い女の子を見つけた時と

良い香りが漂っていた時、

だいたい2つに絞られる。

死人が転がっていても見てみぬふりだ。

 

 

更に言えば、

可愛い女の子はだいたい香りも良いし

ふと振り返ってしまうのは

香りに依るところが大きい。

 

 

 

こないだヤフーニュースをディグっていて

ビックリしたのだが

女の子から良い香りが漂うのは

柔軟剤とか香水以前の問題で

おフェロモンが作用しているかららしい。

 

そのフェロモンを人工精製して

「おじさんも女の子の香りに」

みたいな記事だったのだが

おじさんからはおじさんの良い匂いがしてほしいものだ。花王、頼む。

 

 

 

 

 

 

 

 

ということで香水について。

 

Aesopからヒノキの香水が発売されていることを知りすぐに神戸BALに向かった。

やはりどこの店舗もアテネみたいだな。

 

そして目当てのモノ発見。


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シュッシュとしてもらって、ちょっと時間置かせてもらいます言うて退散。

歩きながら考えようと、要はないけど上のフロアの無印良品へ。要はないけど大丸へ。要はないけど紀伊國屋へ。

 

 

それで香りの特徴がわかった。

やはりAesopは「生」すぎる。


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友達がこれを付けていて良い香りだったが

自分で付けるときの香りと人から漂ってくる香りは何故か全く違う香りがする。だからこの香水は買えなかった。

 

Hwylも部分的には良い香りだが

木のエグみまで再現されていて

それゆえに「生」を感じてしまう。

 

 

 

 

 

 

ヒノキの良い部分だけでええんじゃ

と心の中のノブに連れられて向かったのは

居留地大丸2F CommeDesGarcons。

 

ありました、お香シリーズ。


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これはなかなかの名作で良い。

Hwylを買わないためにも、この香りを確かめなければならなかった。だからこそ家にあるのにもかかわらずわざわざ紀伊國屋から大丸に戻ったわけだ。

 

やっぱこれだね。

 

ヒノキの気持ち良い部分だけがワンノートで香ってくる。もったいなくてあんまり使えないくらい好き。

京都の烏丸麩屋町上ルらへんにある店舗で大学1回生の頃に買ったんですよね。京都でKyoto買うっていうね。ありがとうございますって感じですよね。

 

このシリーズはいろいろあるけどやっぱ良いですね。ザゴルスク、アヴィニョン、各所の寺院の香りがコンセプトでステキですわ。香りのシルクロードや〜〜〜〜〜

 

 

 

バリ

香り

ベリグ

 

BKB

 

 

 

 

 

 

 

 

んで、やはりギャルソンの代表作はf:id:tel_z:20190825200919j:image 


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これなんですよね。

ワンダーウッド・ワンダーウード。

 

みんなこれ使ってておもしろくないのだけれど、やっぱりなんだかんだ悪魔的に良い香り。彼氏の誕生日はコレ買っとけば間違いない。

 

 

 

んでレアなのか人気がないだけなのか店舗に並ばない香水がありまして。

それがこれ。


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これ好き嫌い分かれると思うけど

コントラストバッキバキのドライフラワー・お寺・鉛筆・レンガ、みたいなそんな香り。超好き。堕ちそう。

 

 

 

 

 

 

 

オシャレ香水のDyptiqueはあんま好きじゃなくてショックですねん。

 

 

おわり。

 

時計と僕



 

 

これはマジの話なんやけど

 

小さい頃、ウルトラマンとか仮面ライダーとかそういう王道には一瞥もくれず

 

大好きな時計売り場で、秒針に合わせて人差し指をチクタクチクタクと動かしていたのが小さい頃の僕だそうだ。記憶はない。キショすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

そんな僕が初めて腕時計を買ったのは中2の頃だったよう。

Swatchの全部真っ黒な時計だ。全部真っ黒で読めない時計を買うあたり、昔っから変わらない自分らしさを感じる。Swatchって響きが耳に良いなあって前々から思っていて、時計ほしいなあってなったときには第一候補になってた。

初めての時計ということでとても思い入れがあるが、最近はもっぱら使っていないし、電池も切れたままである。それもそれで良さがある。使うときに電池を交換しようって思い続けて、その使うときが来るのは子供が中学生になったときになるんやろうなあ、っていう良さ。寝室の戸棚に閉まってある時計を子供がいたずらついでに見つけてちょーだいちょーだいせがんでくるんだろうなあ。ハ?

 

 

当時、学年×1000円のおこづかいで必死にやりくりしていたので、この10000円弱する時計を買うなんてことはもう捨て身の決断だった。神聖なるお年玉にも手を付け、1回30円の風呂洗いで荒稼ぎした当時の大金をこの時計にブチ込んだのを鮮明に覚えている。


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そして1年後くらい、時計って案外買えてしまうねんな、と味をしめた僕は2本目を購入した。

 

Timexのキレイな緑レザーベルトの時計だ。パテックのカラトラバみたいなドレスウォッチをよりカジュアルに仕立てたカワイイ時計。パテックごめん。

たしか色違いが死ぬほどあって、中でもなかなか出回ってなくて若干値が張ったこの緑をエイヤーーーーーーと買ってしまったのを覚えている。茶色ベルトに黒文字盤とか普通やん?

 

Swatchとどっちにしようかな、みたいに毎日悩みながらベルトの内側が黒くなるまで使い潰していた。

ちなみにまだ秒針は動いているが、到底使わないだろうなあという予感。Swatchもそうだが、今の気分にはケースがデカすぎる。時計が主、僕が従になる。


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高校から大学までずっと腕に着けていた時計はチープカシオである。U-1000円。ジャパニーズプライド。

写真は実は2本目で、1本目はヒビが入って捨てた記憶がある。全く同じものを買ったわけだ。そしてこの2本目もバンドが切れてしまっている。

 

この時計を買ったときの気持ちを覚えている。

「腕時計っていうのは、高級時計かそれ以外かで大別される。だからSwatchとかSKAGENとか中途半端な時計を買うくらいならチープカシオで良い」

うん、今でもそう思う。

中学生の頃に買った2本はなんというか地でオシャレだと思って着けていた一方で、チープカシオとなるとなんというかスタンスが浮かび上がるんですよね。敢えてね、とか、まあどうでもいいし、とかそういう斜に構えたスタンスが。50歳くらいになって着けたりしたらもっと渋いかもしれませんな。敢えて、がほんまに敢えてって感じになりそうなので。

 

一番長く使った時計で、学生時代の時計といえば僕にとってコレが当てはまるので、染みる。実に染みる。


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そして何の思い入れもない2本。

アマゾン非プライム会員だった頃、送料無料にするために上の1本をカゴに入れてみたら、なんだか欲しくなっちゃって下も追加してしまった。完全に無駄遣いではあるが、めちゃめちゃかっこいいことには変わりない。


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ここまで3本チープカシオが続いたが、まあ時計としての機能はちゃんとしてるし、時計の中で一番軽くて何の気無しに着けられるから今後も使っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次は祖父がくれた時計。

大学2年の頃に、来年就活やなあみたいな話をしていたらおもむろにこの時計を部屋から持ってきて、そしてくれた。

 

率直にとんでもなく美しいデザインで高まったし、この時計がモノとしてハンパなく良い時計だってこと後から知って、おじいちゃんマジで孫のためにありがとうございますってなった。次は僕が孫にあげたい。

もともとはメタルバンドだったこの時計、祖父の趣味で革ベルト仕様になっていたみたいで。けどその革がもうダメになっていたので新しい革ベルトを買いに一緒にお出かけした。時計ひとつでちゃんとここまで鮮明に記憶が残る。忘れね〜〜〜。

 

んでこのタイミングで、時計が次の世代に引き継がれていくことの美しさを知った。女の子はイヤリングとか指輪とかを祖母や母親から貰う喜びを知っているんやろうけど、男ってそういうのあんまないんよね。本とか音楽とか映画とかそういうのとはまた別やん、物を貰うって。だからやたらと嬉しかった。

 


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就活終わった頃に、父親が時計を買ったとかいうて僕に自慢してきた。ガジェットとか好きな父親はソーラーとかクロノグラフとかそういうの好きなんやろうなあ、ってことで興奮するのもまあ分かった。

僕にとってはゴツくてガチャガチャしてるから、そんなタイプではない。米倉涼子くらい。僕って米倉涼子そんなタイプじゃないやん?

 

んで、大学寮を出て新居に入居できるまでの4日間だけ実家に帰ったのだが、じゃあまた帰ってくるわ〜って階段降りようとした時に、「テルちょっと待っといて」の一言。なんやねんバス逃すわって思って待ってたらこの時計くれた。

就活終わった時点で僕に買ってくれてたんやろうなあって辻褄が合ってなんか色々感じることがあった。そういうことを父親はわざわざ説明せんのよな。かっこつけんなよな。

けど、大学入るまで父親とまともに会話したことなかったから尚更良い思い出にはなったな。全然タイプではないけど。

欲を言えば父親のダイバーズウォッチとムーンウォッチが欲しかった。実家帰ったら盗む。



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ほいでほいで最後。

サラリーマン生活2週目になって、「あ、サラリーマンってこういう40年なんや終わった終わった」ってなった。かと言ってサラリーを貰わない仕事をするだけのポテンシャルなどあるはずがない。サラリーを貰うしかないのである。

 

ということで、社会貢献とか存在意義とか仕事そのものの楽しさいう意味合いを抜きにして、なんのために働くのか友達と駄弁った。

友達は根っから男なので、車が俺の生き甲斐だ、と。ローンの見積もりまでもう出した、と。ルノーの新車を買う、と。仕事が終わってハンドルを握るその瞬間がオーガズムだと。トリキで言うてた。山芋の鉄板焼混ぜながら。

 

いやでもマジでそうなんよなあって合点がいった。貰ったサラリーで自分の機嫌を取るには何が必要なのかな、とか考えてたら結局没頭できるもの・趣味がないとダメだなあってなった。じゃあ自分にとって興奮できるものは、と考えていたら時計が出てきた。

 

「腕時計っていうのは、高級時計かそれ以外かで大別される。だからSwatchとかSKAGENとか中途半端な時計を買うくらいならチープカシオで良い」

とか言うてたけど、高級時計買えるやん、ってなったのである。それでずっと昔からかっこいいなあって思い続けていたこの2本の価格相場を追う夜のネットサーフィンが続いた。



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結果、下は彼女とおそろでまた今度買うからいいや、ってなった。ということはどういうことかと言うと、上を買う決断をした。

 

皆さんご存知無いと思うんやけど、ローンというものがあるねん。それを使ってボーナス2回を無いものとして捉え、10ヶ月間の干し飯生活を覚悟のうえ、そして利息に対する嫌悪感はグッっっっっっと堪えることを誓い、購入したものがこちらですわ。俺はお前のために働く。プロミスインラブ。

 

 

まあ1年目なので当然職場には着けていけないんですがねガハハ。

 


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この時計は僕の所有する時計の中で唯一電池の力を使わずに動く。いわゆる機械式時計だ。腕につけているときの日常動作で動力がリザーブされるのだが、放っておいたら普通に秒針が止まる。

 

日曜日の休日終わりに腕から外し、それから48時間経った仕事終わりの火曜日にこの時計へ目を遣ると秒針が止まっちゃってるわけだ。それがまた可愛らしくて萌え萌えーといった感じ。

 

そして何より、この時計ホントにかっこいい。

ROLEX EXPLORER Ⅰ Ref.114270

という時計だが、Ref.というのはリファレンスナンバーを意味する。エクスプローラーワン通称エクワンには、まあだいたい4つのリファレンスナンバーがある。いつごろ作られたモデルですよー っていう。

 

 

1016 : ヴィンテージ
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14270 : 1990年代

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114270 : 2000年代

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214270 : 2010年代

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ほんまに全部一緒にしか見えへんのやけど、だからこそ少しの違いにウットリする要素があるんだなこれが。まあ大きな違いはというと、214270だけケース径が3mm大きい。写真右


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としても全然わからんわな。

 

 

 

んで、現行のモデルは214270なので、昔のRefを手に入れるためには中古市場を片っ端からサーチしないといけないのである。

んで、214270よりケースサイズが3mm小さい36mmで、中のムーヴメントが14270のものより改良されていておそらく丈夫なんだろうなあっていう114270について価格調査を続けたわけである。

 

ちなみに現行の214270を正規店で買おうと思っても買えないというのが現状だそう。希少性をキープしているみたいだ。たしかに居留地店に何度か赴いたが、オイスターパーペチュアルとかギラギラのデイトジャストしかなかった。つまらん。ちなみに部長はデイトジャスト愛用者。


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エクワンの良さって、うるさくないとこだと僕は思う。ケース径も小さくて、変な装飾もなく品がある。いやらしさを全く感じさせない。

ROLEXといえばサブマリーナーだと思うがデカいんよな。
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華美でなく小さすぎず大きすぎず、ほんのり薫ってくる気品がエクワンにはある。うん、俺はお前のためにとりあえず1年働く。

 

 

 

 

後日談として、友達もルノーの中古車を買った。お互いバカだけどそれでいいよな。

 

 

 

そして今見ている時計は、

Cartier Tank Solo
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Omega Seamaster 300 マスターコーアクシャル

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Cartierはずっと欲しい。近々買う。

Omegaのシーマスターは007Spectreで時限爆弾として使われてた時計。実際に着けてみたらウオーーーーーってなったのでいつか欲しいなみたいな。けどデカいのでたぶん買わない。

 

 

んで憧れはパテックのノーチラスでしょやっぱり。一生買えないと思うが。


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はぁ、時計は良いぞ。

 

私服、スーツ、革靴、僕

 

社会人になってから、私服に全く興味がなくなった。

理由は大きく分けて2つある。

①もったいない のと ②標準装備が決まった

以上だ。

 

①もったいない

週5でスーツを着るため、土日しか私服を着る機会が無い。

かっこいい服だって気分が弾む服だって、レジに持って行く前に「いや週2でしか着れませんやんw」と草が生い茂ってしまうのである。たしかにその週2のオシャレが生き甲斐となる人もいるだろうが、僕はそうじゃなかった。僕はそういう人間だ。

 

 

②標準装備が決まった

  • 自分で作ったTシャツ・パーカー
  • ユニクロのオックスフォードシャツ
  • 874Dickies
  • Brown by 2tacsのSeed it vest
  • yohjiyamamotoのセットアップ
  • APCのカバーオール
  • carharttのデトロイトジャケット

このセットが一番カラダに馴染む。いわゆる標準装備。

たくさん服を買い漁ってようやく落ち着いた感がある。長い道のりだった。引越しを重ねる人生になるので、おそらくもっともっと簡素化していくものと思われる。「ユニクロを着ていてかっこいいひとが一番かっこいい」という信念は昔から変わらないのでね。僕はそういう人間だ。

 

 

 

 

ということで、僕から服が離れていった。

この繰り返しでいろんな興味関心が島流しされていくのだろう。

はたまた同時に、新しい趣味に初めましてしていくのだろう。

 

 

 

 

 

んでやはり新しい趣味ができた。

靴磨き、時計である。

 

にしても、サラリーを貰うマンが辿るとされている道を順調に歩んでいっている気がする。おそらくこの次はクルマだろうし、管楽器を吹き始めたその次はおもむろに蕎麦を打ち始める。もう分かっている。80年代の仏車が気になって夜な夜なネットサーフィンする30代はすぐそこやし、サックスでも吹いとくか言うてる40代は想像できるし、蕎麦を打つための部屋を作って塩すらつけずに美味い美味い言うてる50代は薄目で見えている。もう、分かっている。そうなる。

だって、女遊びも酒もゴルフもパチンコも競馬もしないと決めている自分が稼いだお金をどこに回すかと言ったらそうなるだろ、っていう。結局蕎麦になるねん。人生ゲームでも蕎麦のマスあるやん?それ。

 

まあ将来どうなるかは置いといて、今ハマっている趣味は上記の通り、靴磨きと時計である。だから今回はそれぞれに対する情熱を問わず語りしたいと思う。できればブログでマイクマネーしていきたいな。なんかやってみよかな。

 

 

 

 

前置きとして、

「実は磨かれているのは靴ではないんだよな(あっちを見ながら、行間を開けて)」

とか

「秒針が刻まれるその瞬間がよぉ…(手を顔の前で組みながら、両腕に時計、片方はミラノの時間)」

みたいなことは思ったことがないので安心してほしい。

単純に黒く艶めく靴に心がバウンスして、静かに袂から香り立つ高揚感をシェアハピしたい。

 

 

 

 

 

サラリーマンは普段スーツと革靴と時計を着用している。あとは鞄だ。

さあてどんな世界かなあ、とそれぞれに片足を突っ込むところまでは既にしてある。それで片足を引っ込めたのが、スーツと鞄だ。

 

スーツに関して。

良いスーツってどんなだろ、と思っていろいろスーツを見ては触ってを繰り返し、店員さんと話してわからないなりにウンウン頷いたりして、結局スーツは消耗品ということが分かった。

イタリアとかイギリスの老舗の生地で作られたスーツは静かに光沢を帯びていていやらしさを感じさせないものが多い。手触りも柔らかく伸縮性もある。そういういわゆる「良い生地」であればあるほど、得てして使われている糸が細い。それはすなわち、耐久性に難があることを示している。

 

そこで自分の仕事の場面を想像してみた。

パソコンを12時間触っている。ずっと座ったり立ったりを繰り返している。太ももと膝あたりに負担がかかる。毎回そこがダメになるだけで買い替えなきゃいけない。偉い人を相手にするわけでもないから、そこまで「良い生地」にこだわる必要はない。

もったいないなあ、と容易に判断できた。心がバウンスするスーツを着たとしても、半年もすれば毎回同じ箇所がダメになって買い換えるのだから。

 

だからスーツは耐久性があって体にフィットしていたらそれでOKであり、あとは好みである無地・ネイビーまたはダークグレーという2つの条件から絞り込んでいけばいいのである。そもそも、あの人のスーツは良い生地だ!なんてわからないし。サイズさえ合っていれば誰だってキマっちゃうのがスーツという発明品である。

 

ということでスッとスーツから片足を引っ込めた。

 

 

 

次に鞄。

ユニクロでいいな。以上。片足を引っ込めた。

 

 

 

 

 

残るは革靴と時計だ。

 

革靴から綴ろう。

大学3年の夏から始めた就活では、リーガルの弟分であるKENFORDのVibramソールを備えたスクエア型のストレートチップを履き潰した。

革はおそらく人工革で、育てるとかいう次元にはないショボ靴だった。

価格も1.5万とかでまあVibramやしショボ靴プライスではないけどええか。みたいな。

 

そして履いていくうちに気付くものだが、革靴は2日連続で履くべきではないのだ。昨晩までの湿気がこもったまま朝を迎え、その状態でまた一日中履いて、を繰り返すと本当にすぐダメになるのは容易に想像がつくかと思う。そして何より気持ち悪い。

 

そこで、秋頃には新しい革靴を買った。

ジャランスリワヤのストレートチップだ。3万ほど。大奮発。

にしてもジャランスリワヤといえば、とにかくハイコスパで有名だ。

革がデュプイ社製のカーフで、これは最高級革靴メーカーであるジョンロブのものと同じ。そしてダイナイトソールという質実剛健なラバーソールモデルがある。

 

そして何より、その値段でその製法!?という製法によって作られているわけですよ。

上にあげたKENFORDなんかは、アッパー部分とソール部分をアラビックヤマトとか木工用ボンドとかもち米かなんかでくっつけて作っている。マッケイ製法という安靴によくみられる製法ですね。安く作れて(機械で作れるため人件費がかからない)購入した時から履き心地が抜群、という風にちゃんとセールスポイントもある。ただ、一回ソールがすり減ってしまうとそこでその靴の寿命は尽きてしまうんだわ。底の張替えが効かないってことは、履き潰すという言葉どおりの履き方が想定されているんだな。

 

一方でジャランはというと、アッパー部分とソール部分を手作業で縫い縫いするハンドソーンウェルテッド製法によって作られている。職人がひとつひとつ手作業で縫ってるって時点でヤバい値段しそうやのにね。んでその製法の何がいいかって、底の張替えが効くんですよね。アッパーの部分の寿命は(履き方にもよるけど)10年とか余裕で保つし、時の経過とともに柔らかく足になじんでくれる。一方で底の寿命はせいぜい数年。せっかくの10年選手を底のために3年で捨ててしまうのはもったいないじゃないですか。だから底の張替えが効くっていうのは、長い間大切に履くことを想定している人にとってありがてえポイントなわけ。

 

んでさ、僕もよくわかってないけどハンドソーンウェルテッドとかグッドイヤー製法の靴ってコルク的なものがソールに敷き詰められてんの。だから半年くらい履いたら、コルクが自分の足型に沈み込んでくれるんですね。だからかなりはき心地が良いんですわ。2年履いたジャランは正直マジでカーペット歩いてるみたい。とても良い。半年経つまでは割と地獄なんやけど。特にジャランの最初半年はしんどいって言われてるみたい。あとトリッカーズはほんまに1年地獄らしい。かっこいいけど。

 

んでジャランのストレートチップ、ダブルモンクに使われてる木型11120(靴の形を決めるもの)は本当に色気がある。甲が低くて小指部分の湾曲のエグれ具合が何とも言えない。車高が低い、みたいなのと同じ色気。車高低いクルマはいやらしいイメージあるけど。ここがジャランを選ぶ一番のポイントですね。見た目が好きだ。

 

そう、んでこないだ彼女からまあモンクストラップのジャランを頂戴しまして、本当に幸せな足下で地獄の仕事をこなすビバ・アンビバレンス日々を送っております。

 

 

 

 

革質なんてそんなよくわからないがまあそれなりに目も肥えてきたので、最近は道行く人の足下を常に見るのが楽しい。うーわあの歳であのレベルの靴なら推定役員やな、すげぇ、みたいな。鏡面磨ききれいやなあ、とか。なんでその状態の靴まだ履いてるねん捨てろよ、みたいな。 

 

 

んで、やっと靴磨きの話。

行程は以下の通りだ。

①ブラシで埃を落とす

②クリーナーを布に含ませて拭く

③軽く水拭き・乾拭き

⑤指で油性の栄養クリームを塗りこんで10分放置

⑥不要なクリームをブラシと布で落とす

⑦つま先と踵にワックスを塗りこむ

⑧乾燥させるため放置

⑨水を含ませた布にワックスを取ってクルクル磨く

 

⑦〜⑨は2ヶ月に一回とかなんやけど、①〜⑥は2週に一回とかでやりがち。

もうこの作業がめんどくさいけどピカピカになるからやめられないんですわ。

 

んでプチプラで済むのも魅力的。

クリームで一番良いとされているサフィールのクレム1925が2000円くらいなので、まあ本当に手軽な世界だと思う。全然なくならんし。ファンデーション的な。

 

 

あー。ちょっと誰か一緒に靴磨きしませんか?

 

 

 

 

よし、時計に関してはまた書こう。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

短文の解放。



・大学生活4年間を12㎡の大学寮で過ごした。下見もせずに「2万円だから」という理由だけで決めてしまったわけだが、入寮初日あまりの狭さに爆笑してしまった記憶がある。独房・高給カプセルホテルなど様々な比喩が浮かぶが、本当に狭かった。

こんなとこさっさと出て下界(寮は山の上にある)に移り住もうと事ある毎に考えたが、少なくとも2倍以上の家賃が必要であることから親に却下された。まあそりゃそうだ、2万円だもの。沼である。同情する。ただでさえ妹が私大なので家計逼迫なのは重々承知している。

その結果だらだらと大学生活は過ぎて行き、入寮期限最終日である卒業式当日まで居座ってしまった。引っ越しの荷物を業者に渡し、スッカラカンになって広くなったはずの部屋を見て思った。狭いナ。やはり本当に狭かった。

 

 

 

 

・4月から社会人になるということで、その寮を出る。全国転勤職にしてはラッキーなことに希望していた三宮に配属が決まった。そこで、2年目までは学生の街六甲に住むことを決めた。というよりは、3月に配属発表された時点で条件の揃ったステキハウスがほぼ2択だったので良い方にした、というだけだ。

にしても、社宅選定の過程でさっそく大企業すげえとなった。

 

 

就活をする上で「軸」なるものが大切だとか言われていたが、僕は優柔不断なのでそれが最後まで決まらなかった。何が大事か、なんて就活のための自己分析でハッキリしなかった。グラデーションはグラデーションのままだ。白黒ハッキリつくほど簡単な性格ではない。

こんな意気地のない性格でベンチャー企業に勤めようという気はしなかったし、平凡は平凡なりに社畜になれば良い、古代ローマ市民になりたいと割りきった。

そうなってくると、この時代の過剰なまでのコンプラ意識に敏感に反応する企業であれば社畜感を味わう必要もなくなってくるのかな、とか思ってガッチガチの規制産業に身を投げる決断をした。

 

そして業界を決めた後は、会社選び。

第六感に加えて、白黒ハッキリしている待遇と福利厚生を大切にした。日本社会に生きていて福利厚生の手厚い会社を選ばない手はない。

 

そして選考は進む。

悔しくも最も憧れた福利厚生制度がある会社には切られてしまったが、まあなんだかんだグレートな福利厚生制度のある会社に入社をすることになった。

というか結局2社からしか内定は貰えず、本当に悩ましい2択を迫られたわけで、あのときに福利厚生制度なんて考える余裕はなかった。がしかし、今のところ福利厚生には大満足の結果なので、とりあえずあのときの自分グッジョブって感じだ。

 

 

長くなったが、どうすごいかと言うと、会社指定の寮が東京にしかないため、他府県ならアパマンショップ行ってこい!家賃は3割負担でいいよ!っていう感じ。えげつない。住居の自由が認められているわけで、しかも安い。

ちなみに第一志望だった企業は2割負担でよかった。惜しいな。

 

その他、家賃だけでなく敷金礼金みたいな初期費用も、繁忙期なら数十万する引っ越し代も全額負担、入居日と退去日のタイムラグがあれば宿の提供もあるし、なんだか本当に凄い。想像以上だった。

 

 

 

・研修は12日間。もうじき終わる。

友達を作ろうと思って作ることが非常に苦手な僕。かといって、それを克服しようという気が無いのが僕らしいところだと思う。斜に構えすぎだ。そんなの自分が一番わかっている。

 

友達は勝手にできるものだと割り切っているからこそ、関西採用組に気の合う同期が居なくても想定内としていられた。

 

 

そして研修開始。ビンゴである。

目の色が似た同期が全国から集まってきていて、ランダムで寄せられた班員にものすごく恵まれた。

「類は友を呼ぶ」という諺があるが、そこにはひとつの条件があるのだ。それは「待つ」ことだ。

 

 

 

 

 

・他社比ではあるが、弊社の研修はユルユルだ。挨拶をキッチリして筆記テストを乗り越えさえすれば、あとは各自の良心に任されている。

うるさくて注意を受けるような人間も中にはいるが、そういうのは良い歳してどうしようもない人間なので放っておくしかない。君子になりたいので危うきに近寄りたくねえ。

 

良心に任されていて居心地が良いので、もしかすると僕は会社選びに成功したんじゃないかな、とか思って嬉しくなってしまう。

そういうことは10年20年勤める内にじわじわわかってくるものなのだろうが、ちょっと明らかに良い環境なのでびっくりしている。人を人として見るオトナがちゃんと揃っていて、僕は本当に嬉しい。大企業なのにすごい。まあ逆に闇が見えたときが怖いんやけど。

 

ということで、どうしようもない不幸に陥った人に手を差し伸べて、それで自分も人のために泣けるよう、「優しい」人になりたい。生きるって大変だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成の改宗

 

私は無神教だ。

私の親も無神教だ。

Appleを神だとしないのであれば。

 

 

 

 

 

「apple imac 初代」の画像検索結果

今こうして画像を引っ張ってくると90年代のデザインであることに驚く。最近ではバックトゥザ90sの流れの中で、700fillというブランドがこのiMacに目をつけてTシャツのデザインに落とし込んでいる。ステキだ。

父親がこの初代iMacを家に持ち帰ってきたとき、おそらく私は幼稚園生だった。

 

振り返ると、家庭にWindowsのパソコンが置かれた試しはなかったし、その所為かうまくWindowsを触れない。画面左下からシャットダウンの文化に未だ違和感を覚えるのだ。

よく父に尋ねていたのが「なんでWindowsじゃないの?」という素朴な疑問。その問いに対して、父はいつも「第一にMacの方がフォントがかっこいい」と答えていた。そして「確かにな」と納得する度に「Appleの方が良い」という好みが自分の内側から来るものとなっていった。

 

 

 

 

iPodにまつわる思い出も深い。

僕とポータブルミュージックプレイヤーの出会いは、友達がウォークマンコブクロの『ここにしか咲かない花』を聞いていて、「なんやそのドープな曲は!!!あとなんやその機械!!!!ヒネったら次の曲かい!!!」となった夏だった。今調べてみたが、2005年発表の曲らしい。懐かしい。

たしかにその時期、自宅でも親が初代iPod Shuffleを使っていた。しかし全く羨ましく感じなかった。ABBAとかTOTOとか聴いてる親の趣味が全く理解出来なかったからだ。

 

けど、友達がナウい曲を持ち歩いていて、なんやあの機械そんな可能性持ってるんかーいとなった途端、自転車で片道15分のCDレンタルショップへ向かっていた。

 

そして親のiPod Shuffleコブクロの『ここにしか咲かない花』を取り込んだ。あれが初めてだったなあ。本当に懐かしい。縦長で真っ白、液晶画面など付いていないiPod Shuffleはあくまで親のものだったから、なかなか僕の取り込んだ曲が出てこない。シャッフル機能をオフにして頭の中で曲の並び順を完全に暗記していたのが懐かしい。だからABBAとかすんごいウザかった。もうすごい懐かしい。

 

そして時が過ぎ、Apple教徒の父親は初代iPod nanoを手に入れた。裏面が銀ピカで表面が黒ガラス。円に沿って指を動かすだけでカーソルが動く。ハンパなかった。

と同時に、お下がりとしてiPod Shuffleが与えられた。それでようやく自分の曲だけが入ったiPodを手に入れたわけだ。シングルCD1枚レンタル80円のためにおこづかいをどう使うかがあの頃の大きなミッションだった。レンタル開始日早朝にレンタルショップに行っても、先客に借りられていた切ない思い出とかがもう溢れてくる。ポカリのCMで聴いた『ハネウマライダー』とかハンパなかったもんなあ。あの頃だなあ。事変の『修羅場』もなんかいいなあって思って借りて聞いてたけど、まさか中高でドハマりするとは思ってなかったやろうなあ。懐かしい。そんな感じでレンタルCD屋とiPod shuffleに彩られた小学校高学年だった。

 

ほいでほいで時は過ぎ、赤いiPod nanoをお年玉で買ったり、その数年後にはiPod Touchも買った。おばあちゃん家にあったクラシックとかフュージョン、ジャズも聴き漁ったなあ。iPod Shuffle使っていた頃はウザがっていた父親の趣味の曲も普通に好きになっていった。TOTOとかもう今じゃ最高。

 

スマホを周りが持ち始めても、僕はガラケーWi-Fi環境下でしか機能が発揮されないiPod Touchとで過ごした。考えてみれば浪人期までその組み合わせだった。

そんで、大学入試を終えた2015年2月25日にiPhoneを買いに行った。初めてのスマホだ。

 

 

今思えば、なんだかんだで親の影響を受けてAppleにどっぷり浸かっていた青春時代だった。そこに選択肢はなかった。パソコンも音楽再生機もスマホもすべてApple製品だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな僕が、iPhone Xの価格設定にドン引きして、HUAWEI製の100円Android端末に機種変更したのは2019年1月のことだ。

 

嘘みたいに良い。平成の改宗だ。

考えてみればAppleは所与のものだっただけで、自分のこだわりが反映されていたわけではなかったんだな。

生まれながらに宗教が決まっている人達も、え!豚食えるん!んでウマ!ってなったりするんかもな。衝撃やと思うわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実体を求めて。

 

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岩井 そう、あいつには実体がないんです。たとえば、澤部は洋楽が好きで、俺はスピッツが好きです。俺は「なんで好きなの?」って聞かれた時に、「ボーカルの草野マサムネさんの声が良くて、歌詞が押し付けがましくなくて、ライブで音源からの再現性が高くて、ベースの田村(明浩)さんが暴れるのもよくて……」といろいろ挙げられるけど、澤部が「なんで洋楽が好きなの?」と質問された時に「かっこいい」以外の答えを返しているのを聞いたことがない。つまり、自分の中に説明できるような理由がないんですよ。洋楽に限らずすべてのことに対して、人が「良い」と言っているものをそのまま「良い」と思っているだけで、あいつ自身なんてどこにもいない。つまり実体が「無」なんです。

ハライチの岩井が相方澤部を分析していて、「澤部の面白さは彼自身が『無』であることに依る」と言い切っている。コラムの全文は上のリンクから飛べるので、また自分自身も読み直そうと思う。

 

このコラムの良さは、普段感じているはずなのになかなか言葉で表せていないことが、斜に構えた岩井の口から述べられている点にあると思う。読後には痒みがおさまった感覚と、なんだか少し悔しい気分を得た。なんでこんな言葉が出てくるんだ、と。僕だって思ってるのに、と。だから最近ずっと脳裏にこのコラムがチラついていた。

 

 

 

 

 

 

んで、こないだ友人の卒論の関係で自分の好きなものについて語る機会があった。この時代になぜアナログ的要素を含むものが流行るのかを定性的に知りたかったそうで、僕も何について語れば良いか分からなかったが苦し紛れに「写ルンです」を使っていた理由を述べた。めんどくさくて3つ目を使い果たして以来買っていないが。

 

確かになんだかステキな写真は撮れるけど、なんであんなめんどっちいもの使うんだろうね。一手間かけてる自分に酔いたいからかな。んでインスタに自分の居場所を求めるからかな。少なくとも自分の内側からこみ上げてくるような「好きの理由」なんて無いな。

 

といった内容のことをダラダラ答えた。友人に伝わったのかはいざ知らず...

が、その時自分の脳裏には岩井のコラムがチラつき、読みながら嘲笑っていたはずの「澤部」の気配を自分の中に感じていた。

 

 

 

 

 

確かに、好きなものなんていくらだってある。でも、好きなものを好きと言えるだけの理由が自分の中にあるのか、そう問うてみると恐怖を覚えるほどに何もない。

 

好きの理由が自分の中にあるものすなわち「澤部」ではないもの、ペトロールズとかソイルを中心とした音楽のこと、ごはん、服、靴、物書き、そんなもんしかない。しかも、「なんで?」ってTOYOTAに5回問われようもんなら口ごもり兼ねない。紛れもない恐怖である。

 

 

 

 

 

ただ、恐縮ながらこれは僕に限った話ではないようにも思う。

 

なぜこんなことになるのだろうか。

理由は、第三者を感じてしまうからだと思う。

 

他人の「いいね」を疑うことなく、自分も無意識に「いいね」と信じてしまう。

他人が「いいね」と思ってくれるから、自分をその「いいね」に寄せる。

 

気付かぬうちに自分が失われていくし、本来好きだったはずの好きなものに内側からこみ上げてくるような理由を見い出せなくなる。そしてついには第三者に作られた自分の化身が完成し、その化身と目が合うと本当の自分は砂となりサラサラサラサラ... ハムナプトラである。

 

 

 

 

 

 

恐怖である。

そこで、この恐怖体験をきっかけに本当に自分が好きなものについて考えてみた。

その中の一つが、革靴である。

 

 

 

 

1年ほど前にパラブーツのシャンボードを中古で買い、

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安い割にマジで耐久性あるKLEMANのスリッポンを買い

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半年前にジャランのストレートチップを買い

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最近はトムブラウンのフルブローグ(サンダースOEM)とか

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NEPENTHES別注のTricker'sとか(これがもうありえんかっこいい)

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が欲しいけど手を出せるような価格でもなく、中古市場でも小さな小さなマイサイズに出会える確率も低く、つらいつらい思いをしていた時に、現在トムブラウンのOEMを請け負ってるサンダース製のフルブローグが格安で中古市場に飛び込んできて即購入をキメたわけである。本当に到着が楽しみだ。

 

あーでもTricker'sも欲しい。阪急三宮高架下のタイガースブラザーズというお店には、上のネペンテス別注と酷似したTricker's別注モデルがあって(店員さん曰く、まあモチーフにしましたよねとのこと)欲しくて欲しくてたまらなくて大興奮していたのにマイサイズが完売していてもうつらいつらいのである。Tricker'sは足に馴染むまで半年はかかるくらいに革が硬く質実剛健な作りで、それを履き慣らしていく楽しみとかもあるんだろうけどあまりに硬く靴ズレに自分が耐えられるわけないもんねプンとこちらからお断りさせていただく体を取らないともうつらいつらいのである。数年後に本家のネペンテス別注が買えたらいいなと思う。

 

 

革靴を履くようになってまだ1年ちょっとで、なんなら新品で買えた試しすらないのに、靴を育てるのは本当に良い。だってさ...云々(以下略)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分にもまだ「澤部」じゃない部分が残っていて少し安心した。

きっとそこが自分の内側を支えてくれる部分だと思う。自分の実体は自分の外側ではなく内側にある。こんな当たり前のことを忘れかけてしまうのが自分の生きる現代なのだから、なおさら「止まれ見よ」という言葉を深く心に刻まねばならない。

 

そして、こうやって物を書くことが自分にとっての一番の処方箋かもしれないな、としみじみ思う。

 

「以下略」なんかじゃなくて、革靴の良さをちゃんと整理しよう。

 

立つ鳥跡を濁して自分で拭く

 

 

今年度をもちまして、某予備校で3年間続けたチューター業務から退きます。来年度は希望が叶えばの話ですが、スタッフ業務をする予定です。諸行は無常〜沙羅双樹おいち〜

 

理由は2つあります。

①はじめの3ヶ月はちょっと無理そうなので。

②残りの9ヶ月もちょっと無理そうなので。

 

来年度もチューターするぞ〜と勢いで思ってはいましたが、継続のための英語のテストを受けている途中に、我に返ってしまったのです。地球の極から氷山を運んできて世界の水需要を解決しよやムズイけど〜、って英文を読んでいる真っ最中でした。近未来すぎる。

 

なんだかんだチューター生活は思い出深いです。高校生の頃からずっとやってみたかったチューターですが、採用通知を受けたのは、浪人を経て京大の敷地内で二木くんと燻製を作って食べていた時です。燻製の美味さも相まって、電話越しに大喜びしたのを覚えています。私はパブロフの犬なので、今でも燻製を食べると大喜びしてしまいます。

 

 

 

 

ここで、恐縮ながら私のチューターとしての基本スタンスを述べておきます。

私が現在通っている大学は、チューターの提案に依るものです。具体的には、第一志望しか見ていない、それでいて学力的に危うい、という半ば三菱零戦な私に嫌味なく新たな選択肢を提案してくれたんですね。そんな自分の経験からも、セカンドベストを嫌味なく提案する瞬間がチューターの腕の見せ所だ、と役割意識を感じていました。

 

誰だって第一志望は「譲れない」という建前で勉強していますが、実際のところ「譲り合い」なわけで、チューターも別に夢を見させることが指導なわけではないんですね。しかも、思春期は「夢」とか「挑戦」とかいう言葉に違和感を覚える始める時期です。だから、志半ばで第一志望を諦めたそういう層を救えるちょっとした理解者になれたらな、という思いが常にあったように思えます。

 

そもそも、「これをしたい絶対これで生きていく!」と思える学問分野や夢があって大学進学する(インサイドアウト)人はほんの一握りだと思います。そういう人は本当に尊敬できます。でも、何がしたいかわからんから大学入って決めよ(アウトサイドイン)っていう人が大多数ではないでしょうか。さらに言えば、何がしたいかわからんなりにおもろそうなゼミ入っておもろい研究したけどこれが果たして自分の関心事だったのかな〜と思う人だらけだと思います。結論、大学に夢など無い。

だから、学歴にうるさい日本では学歴を求めたらいいけれど、何もしたい事が無いという人にとっては潰しの効く学部に進学する事が得策な気がします、月並みではありますが。

 

私は教育する側としてあまりに冷めていると自覚していますが、塾内には熱いチューターだって涙を流してくれるチューターだっています。いろんなチューターと関わりを持てる環境が魅力だと思ってくださいお願いします。

 

 

でも。

そんな冷めた私にも、ちゃんと仕事できたなって思えた仕事が幾つかあります。

 

 

⑴「F島さんの言葉がなかったらこの学部受けてなかったんですよウチの子」

生徒の進学大学・学部が決まった後、電話を通じて親御さんに言われた言葉です。不意だったので感動してしまってジーンとなったのを覚えています。生徒自身が地道に頑張っただけなのに、感謝してもらえたのは素直に嬉しかったんですねえ。

その生徒は11月に国公立受験を諦めて、私大一本に絞ったものの受かるかどうかギリギリのラインでした。とりあえずAランクは死守したいとのことで、学部はできれば商学部とのことでした。

「Bランクも受けてみて受かってから蹴るかどうか考えたらいいよ〜、商学部にこだわりなかったら経済学部とか政策学部とか似たようなことできるよ〜、とりあえず学部ごとの最低点過去5年分見てみよっか〜、学部こだわりなければ最低点一番低いとこに保険かけてみよ〜、入学金振込〆切は親御さんと議論してね〜破産するよ〜」

とまあ普通ですよね、指導としては。まとめたデータでいろんな選択肢を示してちょっとやる気感じてもらうっていうそれだけ。

 

そして合否当日、期待以上に点が取れたらしくAランクの経済学部に進学する事が決まりました。経済学部の説明を経営学部生なりに長々と説明したのが良かったのか、A'ランクの商学部を蹴る決断ができたそうです。同じような勉強できるかなって思ったのかな〜。変に人生動かしてしまったかもしれません、、、すみません。でもよかった!

 

 

 

⑵「いやあ受かったりましたわあざした」

2次が英語だけという生徒。私大は受けない。つまり、浪人をすると1年センター対策と英語だけ。デッドオアアライブすぎる。

なのにもかかわらず、夏が過ぎても勉強に熱が入らないということで、どうしたものかと思ってました。とりあえず浪人はやめとけとたしなめて、最低点とセンター得点分布表を眺めてもらいました。そしたらば、もう1年英語ばかり勉強し続ける沼具合と、あとちょっと頑張ったらセンターでリードできるという事実を理解したのか、なんだかやる気が出てしまったそうです。

結果、そのまま余裕で合格しちゃってなんやこいつすげえな、ってなりました。

 

 

 

生徒の数だけ物語があるとかいう言葉は気持ち悪いですがあながち間違ってはいないですし、僕もその中にモブキャラとして参加できていることに少し嬉しさを感じます。

 

 

 

 

 

以上、チューターの生徒指導にまつわる思い出話でした。またいつか同じようなことを記録として残したいなと思います。