these foolish things

Prejudice and Fiction

短文の解放。



・大学生活4年間を12㎡の大学寮で過ごした。下見もせずに「2万円だから」という理由だけで決めてしまったわけだが、入寮初日あまりの狭さに爆笑してしまった記憶がある。独房・高給カプセルホテルなど様々な比喩が浮かぶが、本当に狭かった。

こんなとこさっさと出て下界(寮は山の上にある)に移り住もうと事ある毎に考えたが、少なくとも2倍以上の家賃が必要であることから親に却下された。まあそりゃそうだ、2万円だもの。沼である。同情する。ただでさえ妹が私大なので家計逼迫なのは重々承知している。

その結果だらだらと大学生活は過ぎて行き、入寮期限最終日である卒業式当日まで居座ってしまった。引っ越しの荷物を業者に渡し、スッカラカンになって広くなったはずの部屋を見て思った。狭いナ。やはり本当に狭かった。

 

 

 

 

・4月から社会人になるということで、その寮を出る。全国転勤職にしてはラッキーなことに希望していた三宮に配属が決まった。そこで、2年目までは学生の街六甲に住むことを決めた。というよりは、3月に配属発表された時点で条件の揃ったステキハウスがほぼ2択だったので良い方にした、というだけだ。

にしても、社宅選定の過程でさっそく大企業すげえとなった。

 

 

就活をする上で「軸」なるものが大切だとか言われていたが、僕は優柔不断なのでそれが最後まで決まらなかった。何が大事か、なんて就活のための自己分析でハッキリしなかった。グラデーションはグラデーションのままだ。白黒ハッキリつくほど簡単な性格ではない。

こんな意気地のない性格でベンチャー企業に勤めようという気はしなかったし、平凡は平凡なりに社畜になれば良い、古代ローマ市民になりたいと割りきった。

そうなってくると、この時代の過剰なまでのコンプラ意識に敏感に反応する企業であれば社畜感を味わう必要もなくなってくるのかな、とか思ってガッチガチの規制産業に身を投げる決断をした。

 

そして業界を決めた後は、会社選び。

第六感に加えて、白黒ハッキリしている待遇と福利厚生を大切にした。日本社会に生きていて福利厚生の手厚い会社を選ばない手はない。

 

そして選考は進む。

悔しくも最も憧れた福利厚生制度がある会社には切られてしまったが、まあなんだかんだグレートな福利厚生制度のある会社に入社をすることになった。

というか結局2社からしか内定は貰えず、本当に悩ましい2択を迫られたわけで、あのときに福利厚生制度なんて考える余裕はなかった。がしかし、今のところ福利厚生には大満足の結果なので、とりあえずあのときの自分グッジョブって感じだ。

 

 

長くなったが、どうすごいかと言うと、会社指定の寮が東京にしかないため、他府県ならアパマンショップ行ってこい!家賃は3割負担でいいよ!っていう感じ。えげつない。住居の自由が認められているわけで、しかも安い。

ちなみに第一志望だった企業は2割負担でよかった。惜しいな。

 

その他、家賃だけでなく敷金礼金みたいな初期費用も、繁忙期なら数十万する引っ越し代も全額負担、入居日と退去日のタイムラグがあれば宿の提供もあるし、なんだか本当に凄い。想像以上だった。

 

 

 

・研修は12日間。もうじき終わる。

友達を作ろうと思って作ることが非常に苦手な僕。かといって、それを克服しようという気が無いのが僕らしいところだと思う。斜に構えすぎだ。そんなの自分が一番わかっている。

 

友達は勝手にできるものだと割り切っているからこそ、関西採用組に気の合う同期が居なくても想定内としていられた。

 

 

そして研修開始。ビンゴである。

目の色が似た同期が全国から集まってきていて、ランダムで寄せられた班員にものすごく恵まれた。

「類は友を呼ぶ」という諺があるが、そこにはひとつの条件があるのだ。それは「待つ」ことだ。

 

 

 

 

 

・他社比ではあるが、弊社の研修はユルユルだ。挨拶をキッチリして筆記テストを乗り越えさえすれば、あとは各自の良心に任されている。

うるさくて注意を受けるような人間も中にはいるが、そういうのは良い歳してどうしようもない人間なので放っておくしかない。君子になりたいので危うきに近寄りたくねえ。

 

良心に任されていて居心地が良いので、もしかすると僕は会社選びに成功したんじゃないかな、とか思って嬉しくなってしまう。

そういうことは10年20年勤める内にじわじわわかってくるものなのだろうが、ちょっと明らかに良い環境なのでびっくりしている。人を人として見るオトナがちゃんと揃っていて、僕は本当に嬉しい。大企業なのにすごい。まあ逆に闇が見えたときが怖いんやけど。

 

ということで、どうしようもない不幸に陥った人に手を差し伸べて、それで自分も人のために泣けるよう、「優しい」人になりたい。生きるって大変だ!